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■ものがたり■
第1部 海峡を渡る愛
昭和七年四月・仙台連隊。宮城啓介大尉(高倉健)が隊長をつとめる中隊の初年兵・溝口(永島敏行)が脱走した。溝口が姉からの手紙に動揺していたとの報告に、宮城は溝口の故郷にむかった。そこで宮城は初めて溝口の姉・薫(吉氷小百合)と出会った。薫は貧しさから千円で芸者に売られようとしていた。溝口二等兵は姉と死のうと脱走したのだったが捜索隊に捕えられ、自決をせまられたが果せず、もみあっているうちに遂に上官を殺してしまった。
宮城は溝口の弁護を申し出るが聞き入れられず、溝口は銃殺刑に処せられる。遺体を届けにむかった宮城は、父の広介に用立ててもらった千円を香典として薫に差し出した。
溝口の事件は、当時の日本の状況を象徴したもので、経済恐慌と凶作が重なり庶民は苦しみをしいられていた。これを改革すべく一部の海軍将校と陸軍土官候補生らが決起した。世に謂う五・一五事件である。
クーデターは失敗に終リ、陣軍内部の皇道派と統制派の対立をいっそう激しいものにした。
この影響は仙台連隊にも及び、宮城も連隊長にどちらの派に属するのかを問われた。これに宮城は「自分は軍人であります。政治には興味はありません」と答えたのだったが自分の部下から脱走兵を出したことで、朝鮮の国境守備隊へと転任を命じられた。
極寒の朝鮮に赴任して間もなく、将校の労をねぎらう宴が、とある料亭で開かれた。酒とそして女が用意されていた。そのなかに薫がいた。嬌声がひびきわたるなかで見つめあう宮城と薫。やがて二人っきりになり、宮城は「他にも生きかたがあったはずだ」と薫を責めた。これ薫はやや自嘲的に「私には、この方が楽なのよ」と答えていた。
薫との.やりとりの間に、宮城は偶然にも窓から上官が朝鮮人と車で立ち去るのを目撃した。とめる薫に「今からでも遅くはない」と新しい生き方をするように言い置いて宮城はひそかに車の後を追った。車は守備隊の倉庫に到着。軍需物資の積出しが行なわれていた。朝鮮人ゲリラヘの横流しが行なわれていたのだった。
宮城はこの事実を公けにしようとするが、そこへ薫が自殺をはかったとの知らせが入った。
不正を正すか、薫を助けるか。宮城は二者択一を迫られる。激しく苦苛悩する宮城。結果、物資の横流しを不問にふすことを条件に宮城は薫を助けるが、この事件を機に宮城の憂国の情はいっそう激しいものになっていった。食料も、医薬品も、弾薬すら満足にない国境守備隊は、ゲりラとの戦いで次々と兵を失なっていった。この実状を宮城は長文にしたため陸軍省に送るが無視され、やがて国内では統制派による戦争準備が押し進められ、ドイツではヒットラーがナチスの総統に就任するなど、日毎にファシズムの足音が高鳴っていった。
第2部 雪降り止まず
昭和十年十月・東京。宮城は第一連隊に配属になり、薫と共に居をかまえていた。折から、皇道派の青年将校たちの間では、昭和維新の声が盛りあがり、集まっては激論をたたかわせいた。建設か破壊か∞決起の前に他に手だてはないのか=[熱っぽい将校たちを、宮城は見守っているだけだったが、宮城を影のようにつけまわしでいる一人の男がいた。
憲兵隊の島謙太郎(米倉斉加年)だった。島は、宮城の家の向いに住み、四六時中、見張りを続けていた。
宮城の家には、多くの青年将校が訪れた。そのなかの一人、野上中尉(にしきのあきら)は、商家の娘・葉子(桜田淳子)と愛を成就させようとしていた。若い二人が理想とする夫婦像は宮城と薫だったが、よそ目には幸福な夫と妻と映る二人の間には、まだ男と女の関係はなかった。
ある日、宮城は恩師であり皇道派の長老格でもある神崎中佐(田村高廣)を鳥取に訪ねた。
薫も同行を求められた。神崎の家庭の幸せをかい間見て、薫の女が爆発した。帰り道、砂丘で薫は「私の体は汚れているからだだから抱けないんですか」と激しく宮城につめよった。
だが宮城はただ「そばにいて欲しいんだ」と言うのみだった。
宮城の神崎訪問は、事を意外な方向に展開させた。宮城が決行を決意していた軍務局長暗殺を、神崎が単身、陸軍省におもむき果してしまったのてである。この事件は、青年将校たちに時、来る≠フ感を持たせた。加えて宮城が憲兵隊によぴ出され、毒入りのお茶を飲まされるという事件が起きた。薫の献身的な看護により、宮城は一命をとりとめたが、昭和維新への機運はいっきに高まった。
宮城たちの行動に、心情的には同調しながらも、憲兵という職務から車を事前にふせごうとする島は、決起の日をつかみ切れずに苦悩していた。決起の日が決まり、宮城は実家に帰り、父の広介にそれとなく薫のことを頼んだ。そして、初めてその腕に薫を抱いた。
やがて決起の日が来た。時に昭和十二年二月二十五日。夜半から降りはじめた雪は、男たちの熱い思いと、女たちの哀しい宿命をつつみこんで、止むことなく降り統けていた。
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