"My Pure Lady" Junko Sakurada
桜田淳子資料館

管理人室

管理人の日本語(読み方)講座


3.言葉と人間の関係について

 相手の言葉を出来るだけ正しく理解するためには、相手の人間性や、趣味嗜好、価値観、言語感覚などについても考慮する必要があります。 

 例えば、「馬鹿」という言葉がありますが、これを文字として見た場合には、「大馬鹿者」や「馬鹿にするな」という表現があるように、決していい意味にはとられないように思います。
 しかし、相手との関係によっては、また相手の言い回しによっては、それが誉め言葉となる場合も有り得るということを、我々は知っておく必要があると思います。

 山田洋次監督の『男はつらいよ』シリーズで、主人公車寅次郎のおじさん、その名前は知られずとも誰もがみんな知っているおいちゃん≠ヘ、甥っ子の寅のことを、「あの馬鹿が」と口癖のように言いますが、そこにはどうしようもない甥っ子を持った不幸を嘆きながらも、愚かな甥っ子を案じ、心配する肉親としての愛情があふれていることを我々は感じ取ることが出来ます。
 
 私が大学時代の話です。
 私の心はとても荒れていましたが、自暴自棄にはならず、授業には真面目に出ていましたし、学校で教えてくれるという講義は、教職課程以外はすべて取り、休んだのは、熱が出たときと、就職試験で休んだときぐらいで、それ以外には休んだことはありませんでした。

 ある時、試験期間中に熱が出て、二日ほど休んだ後、熱が下がったので、試験を受け、一週間後、すべてが終わってから、病院に行きました。
 すると、体温を測った看護婦さんが、
 「38度7分ですよ。これで熱が下がったんですか。本当にテストを受けてきたんですか」
と呆れられたことがあります。
 この期間中、ノートを一回読んだだけで、テストを受けるという状態でしたが、どの教科も奇跡的によく出来、特に商法の教授(元は国立大学の教授で、後に、この大学の学長になった教授)から、みんなの前で、
 「私が、これまでの教師生活の中で、最高の点数をつけました」
と言われたことが、今も記憶に残っています。(※1)

 当時、講義中、周囲の私語がうるさいときには、教室中に響きわたるくらい大きい音がするようにドスンと机をたたいて、周囲を威嚇して、静かにさせました。
 私の前後左右は、どんなに込もうと、そこだけが異様にポッカリと空いていました。

 そんな私を、なぜか気に入ってくれた先生が一人いました。
 その先生は、一番最初の講義で、自己紹介をする前に、いきなり、
 「この中で、髪の毛の長い奴は、教室から出て行け。Gパンをはいている奴は、出て行け。サンダルを履いている奴も、出て行け。人に、教えを請おうという姿勢ではないからだ。事務局に言っても無駄だ。そんな奴には、死んでも単位はやらないから、講義に出ても、無駄だ。これは、教授の裁量権に属していることだからな」と言ってのけた先生でした。
 肝臓が悪く、土気色の顔をしていて、毒舌を吐き、自分は肝硬変で、死≠覚悟しているということも言っておられ、とにかく凄い迫力の先生でした。

 私は、夏でも、スーツとワイシャツとネクタイを着用し、晴れていても、傘を常に持ち歩き、講義中は、先生を睨みつけながら、ノートを取っている変人≠ナしたし、その先生とは、ろくに話をしたこともありませんでしたが、あるとき、
 「お前は、馬鹿だけれど、その馬鹿な部分を、俺は気に入っている。就職決まったか。親友が、東京海上の専務をやっていて、俺が頼めば、一発で決まるから、紹介してやるぞ」
と言われました。
 私は、馬鹿でしたから、
 「馬鹿者≠フ称号だけ、有難く頂戴しますが、就職の件は、ご辞退させて戴きます」
と答えたところ、その先生は、笑って、
 「やはりな。思っていた通りの大馬鹿者≠セ。馬鹿≠フまま、生き通せ。常識が正しいとは限らない。人とは違う道を探していくのは、苦しいけれども、楽しいぞ」
と言いました。

 卒業してから、同窓会というものに一度も出たことのない私は、その先生がどうなったのかは知りませんが、その先生と、その言葉は、今も私の心の中で生きています。
 その先生にとっては、「馬鹿」という言葉が、挫折≠オ、周囲から浮き上がり、とんがった生き方をしながら、孤独≠ネ生活を送っていた私へのエールだったのだと思いますし、私は、今もそれを誇りにして生きています。

 このように、言葉を理解するとき、相手がどのように生きて、どのようなな価値観を持ち、どのような状況で、どのような感情で、それを言ったのか、そのことを知ることも、大変重要なファクターだと思います。

 そうした言葉は、文字だけでは伝わらないニュアンスであり、書き言葉にした場合には、用心する必要があることを忘れてはならないと思います。

 ※1の部分は、自慢話のように聞こえ、確かにその通りなのですが(笑)、この中には、最低、五つの情報が折り込まれています。
 @私が熱に強い人間であったということ。
 A少々の熱が出ても、「学校を休む」という発想がない人間であったということ。
 B熱があるとき、ノートを読んだら、コピーのように頭の中に焼きついたということ。
 C私の講義ノートがよく取れていたということ。
 D普段から真面目に勉強し、講義を受けていたということ。
 これだけの情報が織り込まれていたことに、あるいはそれ以上の情報に気づかれ方は、大変想像力にとんだ方であり、言語感覚に優れた方と言って、差し支えない思います。

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