ようこそ! 『淳子ちゃん』祭り

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アイドルとしての人気は揺るぎなく、
幸福な芸能生活を送っているようだったが、
そのためにはいつも笑顔を見せている必要があった。
十九歳──心の中では、泣いたり、叫んだりしていた。



エッセイ

桜田淳子

しあわせ芝居の舞台裏

 (『文芸ポスト』冬号、特集中島みゆきの「詞世界」散策より)


 かつて毎日のように歌っていた私だが、この十年はまともに音楽を聴くということすらなく、子育てに打ち込んできた。
  この間買った邦楽のCDといえばわずか二枚。
 忙しい主婦をもくぎづけにしてしまったうちの一曲はサザンオールスターズの『TUNAMI』、そしてもう一曲が、中島みゆきさんの『地上の星』だ。
 とはいえ、家事の合間に口ずさむぐらいで、歌手だったことなど遠い彼方の出来事のように思っていた。
 
 ところが、今年、過去に自分の歌ったレコードが、CD化されると聞いた。
 いよいよ私も、懐かしのメロディ人間!?
になってしまったかと思うとガク然としてしまう。
 CD化するということは、つまりはデジタル化するということで、私がアナログ時代の歌手であったことを証明するものであるのだ。
 
 前置きは別にして、そのCD化された「桜田淳子BOX〜そよ風の天使〜」 (恥ずかしい!)というアルバムには、私はもちろんのこと、他にも当時関わって下さった方々が言葉を寄せて下さった。
 その中の一人に、中島みゆきさんがいらした。
 中島さんはこのように書いておられる。
 
「桜田さんに歌っていただく作品をと、お話をいただいたのは一九七七年のこと。
 既にトップアイドルでいらしたし、常に超一流の先生がたが書いていらしたことでしたから、デビュー間もなかった私としては冷や汗ダラダラの、ものすごいプレッシャーだったのを覚えています……(中略)
 桜田さんはとても軽やかに歌ってくださいましたけれども後になって自分のアルバム用に歌ってはじめて、あ、息つぎの箇所を設けておくのを忘れてたわ、と気づきました。
 桜田さん、ゴメンナサイ、お世話になりました。アリガトウ」

 私のためにと言葉を下さったことに感謝で一杯になりつつも、最後の息つぎ≠ノ関してのコメントが、いかにも中島さんらしくて、プッと笑ってしまった。
 
 トップ?アイドルだったとはいえ、もうすぐ十五歳になろうとしている頃から歌いはじめて、たかだか四年たったばかり。
  名実共ではない、人気のみが先行していた私にとって、シンガーソングライター(自分で作った歌を自分で歌うという)である中島さんは、地に足がしっかりついてるように見えて、そしてとてつもなく大きく見えてならなかったことをよく覚えている。
 私の方こそ実は自信なげで(周りにはそうは見えなかったでしょうが)特に、今後、歌っていくことにいささか限界を感じ出した頃でもあった。
 私のそれまでやってきたことは、ピカピカのアイドル路線で、その路線からはずれるなどということは、到底無理なことであると。
 この私によせられる周りの期待は、不死身のヒーローならぬ、いつも笑顔≠フヒロインであって、泣き顔は許されなかった。
 でも、私も泣いているんだ、考えているんだ、……そういう思いをずっと心の片隅に持ち続けていた。
 そんな時、思いもよらず中島さんに曲を書いていただくことになった。
 十九歳。少女から大人へと変っていこうとしている時に……
 ちょうど、新しく替わったビクターの笹井ディレクターが誰もが私に抱く明るい<Cメージとは別に、翳り=@のようなものを私に感じたらしく、もしかして中島みゆきさんのような世界もありなんじゃないかと、中島さんに直接お会いして曲をお願いしたということだった。

 レコーディング前のある日のこと。
 笹井ディレクターが、中島さんが私のためにつくって下さつたという曲の譜面を手にやって来られた。

『しあわせ芝居』──。
 
 タイトルに、アッという感動が走り、その感動が、テープから流れてくる中島さんの歌声で更にボルテージが上っていき、気がつくと、譜面を手にしながら、ハラハラと泣いていた──。
 
泣きながら電話をかければ
馬鹿な奴だとなだめてくれる
眠りたくない気分の夜は
物語を聞かせてくれる
とてもわがままな私に
とてもあの人は優しい
たぶんまわりのの誰よりも
とてもあの人は優しい
恋人がいます 恋人がいます
心のページに綴りたい
恋人がいます 恋人がいます

けれど綴れない訳がある
私みんな気づいてしまった
しあわせ芝居の舞台裏
電話してるのは私だけ
あの人から来ることはない


 こんなことは、デビュー以来、はじめてのことであった。
 それ程、この歌は十九歳の乙女の心をくぎづけにしてならない強烈なインパクトを放っていた。
 ある男性を想い続けているものの、一方通行の恋であるという、どこにでもある叶わぬ恋の歌=@のようで、しかし中島さんにしかつくれないであろう、独特のメロディーラインと、詩人さながらの心情的な詞が、恋をしている、していないということを飛び越えて、この私を悲劇のヒロインヘと仕立て上げてくれることになった──。
 何か今までの辛い、悲しい思いを、この歌にすべてぶつけられたような思いがしたのだった。
 私も普通に泣き、考え、もがくのだ! という心の叫びを、この『しあわせ芝居』が代弁してくれたように思えた。
 がんばって、がんばってきた私が、この歌を歌うことで、スッと楽になり、やっと地に足をつけられた気がした。
 アリガトウゴザイマシタは、むしろ私の方で、中島さんはそれまでの私とは違う、もう一人の私を見出して下さった恩人です。
 私を楽にして下さった中島さんに──四半世紀もたってしまいましたが──今度は私から。
 ありがとうございました。
 
 ※『桜田淳子BOX』(ビクター)は全シングル38作品の他、デビュー前の秘蔵映像を収録したDVDもセットされており、限定1万セットのみの発売。
 

※ 文章中の強調部分は、原文では傍点がついていた部分です。
※ インターネット用に見やすいように一部編集していることをご了承ください。(管理人)


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